- STUDIO
- 2025.04.04
私とMITスタジオの思い出①~所縁ある方々からのメッセージをご紹介
皆さん、MIT STUDIOの移転は周知の通りですが、それを受けて所縁のある方々に「私とMITスタジオの思い出」を募らせていただきました。すると沢山の方からメッセージをいただきましたのでご紹介。先ず第一弾がこちらです。
Ikukoさん(シンガー、ナレーター、クリスタルボウル奏者、作詞作曲家)
MITスタジオに寄せて
長年お世話になったMITスタジオのお引越しを前に、田町での思い出をぜひとお声がけ頂いたので、感謝を込めて書かせていただきます。
IKUKOとして、アニメの曲を本当にたくさんレコーディングさせていただきました。ドラゴンボールZの多くの名曲はMITで生まれたのです。珍しく窓のあるボーカルブース、好きだったなぁ。
一番大きなスタジオにあるグランドピアノを見て「これってお引越しの時、運び出せるんですか??」と聞いたことがあって、先日立花さんが「なんとか出せそうです!」と何年越しかで答えてくれました!(覚えててくれたー)
ナレーションのお仕事をするようになったきっかけも、MITでした。ある時、友人作曲家のインスト曲に「語り」を入れたくなって目的もなく録った音源を、たまたま持っていた日にMITで歌の仕事があって、待ち時間にロビーに居たらスタッフの方が「歌い手さんでナレーションをする方を探しているんですが、KUKOさんやりませんか?」と。(^◇^;)「やりまーーーす!」これはもう運命?おかげさまで、ナレーターとして今もお仕事させていただいています。サンプルナレーションも録らせて頂いたなぁ。
これまたMITとご縁の深い渡邉美佳との作曲ユニットで「MITで録音、終わったら美佳ちゃんちでそのための曲を作曲、あれ?いつ寝るんだっけ?」という日々を送っていた時、夜中にやっと家に辿り着いたらスタジオに家の鍵を忘れたことに気づき、ファミレスでスタジオが開くのを待ったことも、スタッフの皆さんが温かく迎えて下さったことも、今は良き思い出です。間違いなく私が一番「深入り」したスタジオ、MIT。田町での歴史は閉じられ場所が変わっても、きっとその心意気は引き継がれ、また新しく良いものが生まれていくのでしょう。心からの感謝を。これからも宜しくお願いします!
いわいのふ健さん
MITスタジオ様
本当に長い間ありがとうございます。僕にとっては自宅から1番近いスタジオであり、初めてのサンプル録りやラジオ番組の収録をした思い出の場所。
明るいスタッフの皆さんに眩しいくらい明るいロビー。そしていつも持って帰ってしまうmitのロゴ入りペットボトルの水。感謝いたします!お疲れ様でした。魂はスタッフの皆様そして関わりのある演者たちが大切に胸にしまって一緒に今後も歩んでいく。ありがとうございました。
株式会社ヘリンボーン いわいのふ健
岡部茉湖さん
「人生で初めて入ったスタジオがMITスタジオでした。サンプルを収録する時にお世話になったのが印象深いです。緊張と期待で興奮しながら、スタジオに足を踏み入れた時の事をよく覚えています。
触れたことの無い機材、緊張で回らない舌、自分の声しか聞こえない状況……何もかもが初めてで不安で仕方ありませんでした。しかし、何も分からない初心者の私に操作などを丁寧に教えて下さり、楽しい雰囲気で収録を終えることが出来ました。
初めての収録が“楽しい経験”だったのは、とても有難い事だったなと思います。今こうしてお仕事を楽しいと思えるのは、あの経験があったからこそです。ありがとうございました!
今のスタジオから移転してしまうのは寂しいですが、新しいスタジオでも思い出を作れたらと思います。お仕事で沢山行けるように精進いたします!」
ヘリンボーン:岡部 茉湖
関龍太郎さん
新入社員だった頃から、約7年、毎月6〜10本のラジオCMを作らせていただきました
60秒尺なのに、読んだら120秒かかる原稿を持ち込んで、ほぼその場で0から書き直すような事態にも嫌な顔一つ見せず(背中しか見えてなかったからかもしれませんが)お付き合いいただいたおかげで、冷や汗はなんどもかきましたが、MITスタジオには楽しい思い出しかありません
私自身、ラジオCMを作ることは減ってしまいましたが、いまだに音声コンテンツ好きなのは、MITスタジオと立花さんあってのことだと確信しています
今後ともますますのご発展と、優しいく頼もしい背中の維持をお祈りしております!
関龍太郎(Publicis Groupe Japan ECD) 元電通2CD コピーライター
喜田弥早妃さん
ヘリンボーンに所属して、1番最初のボイスサンプル収録をさせていただいてからもう5年目になろうとしています。ボイスサンプルの他にもラジオCM等でも大変お世話になりました。
MITスタジオさんは程良い緊張感がありながらも柔らかい印象のある収録現場でしたので、収録するたびに毎回「よし、今日も頑張るぞ」と肩の力を抜きながら自分なりに心地よいナレーションをすることができました。そんな魅力のある収録現場でしたのでので、事務所に所属して1番最初のボイスサンプル収録が終わった後の、なんとも言えない高揚感とこれから始まるんだというワクワクは、初めての収録がMITスタジオさんだったからこそなのかなと思います。
以前お仕事で収録しに行かせていただいた帰り道に、所属したばかりの頃を思い出して新鮮な気持ちになりました。なのでスタジオが変わってしまうのは少し寂しい気もしますが、また新しいMITスタジオさんが感じられるのはすごく楽しみです。
大変お世話になりました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
喜田弥早妃
貴詞いち子さん
貴詞いち子でございます。
ラジオCMの収録で、ワイワイと楽しく騒がせていただいたのも時にはしんみりと落ち着いた雰囲気で喋らせていただいたのもMITさんだから自然に出来ておりました、唯一無二のスタジオです。
声も、感情も、私の多くを知っている、あの収録ブース。大変、お世話になりました。忘れないでくださいね。新しい収録ブースに、引き継いで行きますから。
スタッフの皆さまも、益々のご発展を願っております。これからも新しいMITさんで、末永くお世話になります。今後ともなにとぞ、宜しくお願い申し上げます。
貴詞いち子
恵比寿まさ子さん
この度、移転なさるとの事で、おめでとうございます。古くから大変お世話になっておりまして、収録のお仕事ではいつもご丁寧にご用意をいただきまして、とても居心地の良いスタジオさんでございました。
新天地へ移られても、スタッフ様方の親切なお出迎えと居心地の良さはきっと変わらない事と思いますのでまた収録の機会をいただけましたら、とても嬉しく思います。
これからも末永く、MITスタジオスタッフの皆さまのご活躍をお祈り申し上げます。
恵比寿まさ子
光岡湧太郎さん
1986年の春、当時所属しておりました青年座でボイスサンプルを録るという事になり、アドバイザーとしてプランニングズーの関和男社長が演出をして下さいました。その流れで、関さんに呼んで頂き、ラジオCMナレーションというお仕事を、MIT5stにて、初めてさせて頂きました。その頃はまだ、オープンリールでの録音で、原稿は手書きのコピー、効果音も音効さんが、素材を集めてきたりと、職人集団というか、雰囲気も、こだわりも、みんなカッコよかった。初めて自分の声がラジオから流れてきたのを聴いた時、嬉しかったなあ。昭和、平成、令和と、何度も通わせて頂きました。立花君も若かったなあ!上階ホールで忘年会もあったなあ。駅を降りて、都営アパートを左に見ながら信号待ちをしていると、様々な事が甦ってきます。あー田町のMITなくなるんだー、、。淋しいです。まっ新たな第一歩ですね。ありがとうございました。
光岡湧太郎
高橋千代美さん
私のMITの思い出♡
私は今44歳。
最初にMITスタジオに入ったのは高校生の時。同じ高校生同士の女の子がわちゃわちゃとミニスカートでスタジオに入り、きっと騒がしかったんだろーなーぁと思います。でも、スタジオの中はみんなとても楽しい雰囲気でいっぱいでした。なんせ、立花さんがいるから。笑。それでも仕事はこなす。当たり前ですが。
トイレが変身した時は、ここだけ宇宙!?と大爆笑したのを覚えてます。ちなみに、勿論男子トイレも覗かせてもらいました笑笑。
そして月日が経ち私に子供が出来て、MITに連れていきました。まさか、女子高生だった私が、立花さん達に娘を紹介する日がくるなんて夢にも思っていませんでした。あとはMITの創立記念日と私の誕生日が一緒だった事…だからなのか、自分の誕生日がくると必ずMITおめでとうございます(おめでとう)と立花さんに伝えてしまう私でした。
そんなこんなで勝手ですが、MITと私は10代から切れない縁だと思っています。だから、移転は本当は寂しいです。でもこんなにも温かい立花さんや、スタッフの皆さんの新宿でのスタートを心から祝いたいと思います♡
私の青春を過ごした田町のMITスタジオ!!本当にお疲れ様でした。そして、新たなスタートをきるMITに祝福あれ(祝福)
佐藤達さん
ぼくのナレーションのお仕事デビューは田町のMITスタジオでした。初めてのマイクの前、心臓が口から飛び出さないように立花さんに助けてもらったのが懐かしいです。収録おわり、ブースからガラス越しに見えた景色。立花さんやディレクターさん、そしてクライアントさんの笑顔が見えた時がいつもうれしかったです。「睡魔」「フナ」「通帳」…いろんな人ではない役もさせてもらいました。
2014年には2/22projectさんから「The Best of Narrators」その年のMITスタジオでのナレーションを評価いただいたこともありました。初めての、身に余る光栄でございました。
スタジオが変わっても、みなさまの笑顔にまたお会いできますように精進いたします。新宿の新しいスタジオさん、どうぞよろしくお願いいたします。田町のスタジオさん、おつかれさまでした。たくさんの初めて、たくさんの喜びをありがとうございました。
ヘリンボーン:佐藤達
時田穂乃華さん
これまで大変お世話になりました。
ボイスサンプルやラジオCMの収録で伺うたびに、スタッフの皆様の丁寧な対応に支えられ、安心して収録に臨むことができました。収録の前後にはロビーで他の演者さんとお話しする機会もあり、そうした時間も含めて楽しい思い出です。
スタジオへ続く深めの階段を下るたびに、気持ちが引き締まり、収録へのスイッチが入るようでした。レトロな建物の趣と相まって、ここならではの魅力を感じていました。移転後のスタジオでも、またご一緒できるのを楽しみにしています!
ヘリンボーン 時田穂乃華
篠﨑颯樹さん
MITスタジオには自分の短いキャリアの間でも沢山の思い出があります…!事務所への所属オーディションの最終審査。絶対受かるぞ!と意気込んでいた自分は、慣れない土地に緊張しないよう前日に会場のMITスタジオに向かいました。
知らない景色を無くそうと辺りを散策。たどり着いたスタジオに、前日であるのにもかかわらずとても胸が高鳴ったのを覚えています…!!その甲斐あって(かどうかは分かりませんが笑)オーディションは合格!
間違いなく自分の人生の分岐点になりました。初めてMAルームに入ったのも、サンプル収録で悔しい思いをしたのもすべてMITスタジオでした…!!
ありがとうございました!!新スタジオでもよろしくお願いいたします!!
ヘリンボーン:篠﨑颯樹
勝城リナさん
私(勝城リナ)は2年前の入所なのでMITスタジオさんにお世話になったのは2回なのですが、そのうち1回目がとても思い出に残っています。
それはまだ所属前、オーディション時に収録型のオーディションでお世話になりました。あの時は初めてのスタジオ収録ということもあり、とても緊張しておりました。
その時に頂いたMITのラベルが着いたペットボトルのラベルを思い出として今も持っています。新しい場での収録とても楽しみにしております。
ヘリンボーン:勝城リナ
深水悠希さん
MTIスタジオ移転のお祝い
拝啓 貴社ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。このたびのMTIスタジオのご移転、心よりお祝い申し上げます。20歳、専門学校を卒業して間もなく右も左もわからない中、初めてのボイスサンプルの収録をさせていただいたのがMTIスタジオでした。不安と緊張の中で迎えたその日を今でも鮮明に覚えています。収録のたびにあのときの気持ちを思い出し、初心に帰る思いでした。
こうして今もお仕事を続けられているのは、MTIスタジオでの経験があったからこそと深く感謝しております。新しい環境でのさらなるご発展をお祈り申し上げます。今後ともよろしくお願い申し上げます。
敬具
株式会社ヘリンボーン 所属 深水 悠希
神野恵子さん
まだ右も左もわからぬ駆け出しだった頃、いつも緊張しながらスタジオに入っていたのが昨日の事のよう、それから20うん年。たくさんたくさんお世話になりました♡
私のナレーター人生を大きく変えてくれた作品に出会ったのも、MITさん
ずっと尊敬するディレクターさんに出会えたのも、MITさん
ナレーションだけでなく、ライティングのお仕事を初めてくださったのも、MITさん
ワークショップやボイスサンプル、私の生徒さん達もたくさんお世話になりました
そして、技術面だけでなく、ずっと感謝しているのは、私が長女を妊娠して、もしかしたら仕事と子育てが両立できないかもしれない…という大きな不安を抱えながら産休をいただくことをご挨拶に伺った時、立花プロデューサーが「待ってます!仕事の時はいつでもお子さん連れて来て良いからね!子供は社会みんなで育てるものだから!」と言ってくださった言葉に、今思い出しても涙が出ます。
あの言葉が、3人の子育てをしながら、大好きな仕事を続けて来られる支えとなりました。本当に本当に感謝しています。このスタジオで作った作品で、たくさんの賞にも一員として入れていただきました。
2階でご馳走になった中華ももう食べられないのかと思うと、このブースでナレーションができないのかと思うと、寂しくてなりません。でも新しいスタジオでも、またたくさんの素晴らしい作品を作ってくださるだろうと楽しみにしています。
三田のスタジオに心からありがとうございました。そして新しいスタジオでまたご一緒できるのを楽しみにしています!
神野恵子
蔦美代子さん
この度は事務所移転誠におめでとうございます。長年、温かく見守っていただき、心より感謝申し上げます。弊社の子供たちは、立花様のおかげでラジオCMに出演する機会に恵まれました。あの時、まだ幼く、初めての経験に戸惑っていた子供たちを、立花様は優しく、手を引いてくださったり、そして力強く導いてくださいました。
トゥー・スリー・プロジェクト制作 2020年受賞作品告知~フジサンケイグループ広告大賞第49回フジサンケイグループ広告大賞 ラジオ優秀賞
素晴らしい作品に参加させて頂き、子供たちにとってかけがえのない宝物です。3歳の子供は当たり前ですが、年月がすぎれば毎回新しい子供に変わり、その度に立花様を始めスタッフの皆様にフローをして頂きました。隣で慣れ親しんだ感じで楽しそうに作品に取り組んでいらしゃる大人の演者の皆様…羨ましい…と思いながらも大変助けて頂きました。
新しい東新宿でのご発展を心よりお祈り申し上げます。本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
IVYアイビィーカンパニー 蔦美代子
薄景子さん
MITさんには新人の頃から本当に長くお世話になりました。初のラジオCM制作もMITさん。演出時に迷ったとき、立花さんにきくと秒で判断してくださり、何度も助けていただきました。最長のシリーズものは10年近くご一緒し、毎年の恒例行事に。スタジオに続くあの階段をもう降りることがないと思うと寂しいですが、新しいスタジオでも素敵な音作りをぜひご一緒したいです。
電通第4CRプランニング局長エグゼクティブ・クリエイティブディレクター 薄景子
平川和宏さん
MITさんには、それこそ30年前、私が豪勢堂さんに籍を置いていた頃はお隣りがスタジオで、本当にお世話になり、いくら感謝してもしきれません。イヤホンの付け方や、カフの操作なんて最初全く分からず右往左往。マイクに乗せて喋る技術も、とにかく声の仕事の基礎をここで全て学びました。スタジオ移動しても、よろしくお願いいたします。
ヘリンボーン:平川和宏
壤晴彦さん
自分が所属していた劇団を離れて、「声」のお仕事を本格的に始めた頃、よくお世話になったのがMITスタジオさんでした。その世界の知識が全くなく、ベテランの声優さんのお顔も知らず、アテレコ台本中の記号の意味も分からず、何をどうしてよいか戸惑う私に、スタジオスタッフの皆さんはとても温かく接して下さいました。その頃はMITさんが現場になるお仕事が多く、「わっ、MITさんだ、嬉しいな」と思ったことを懐かしく思い出します。
新スタジオへの移転、おめでとうございます。おうかがいするのを楽しみにしております。MITスタジオさんの益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。
ヘリンボーン:壤晴彦
櫻庭裕士さん
タイトル「MITの謎」
地下鉄三田駅A-9の出口を出ると、気持ちはどんどん高ぶってくる。MIT第3スタジオに向かっているのだ。
今日は、どんな作品が待っているのだろう?どんな人格を演じることになるのだろう? ワクワクするのだが、怖くもある。おそらくは、出番を控えた、私達演者にしか解らないであろうこの気持ちを、どういう風に言い表せばいいのだか、言葉が見つからない。
ふと思う。
こんな思いを抱えながら、この道を、一体何度通ったのだろう。思えば、MITとは、長い付き合いだよなあ。一体何十年になるのだろう。その間に、一体何百本の作品に出演したのだろう。ラジオCMあり、ゲームのキャラクターあり、長い短い、硬い柔らかい。二枚目、三枚目。ナレーターになったり、声優になったり。気が遠くなるほどだ。
そんなに長い間お世話になっているのに、MITという名前の、由来が分からない。そして、何故ずっと分からないままでいたのだか、それが謎。
三田にあるから、MITだろう。と、勝手に決めていた。
今度、東新宿に移転するのだという。となると、「HISスタジオ」になるのかなあ。
そして、その新しいスタジオへの道にも、私は同じような感慨を刻むのだろうか?
ヘリンボーン:櫻庭裕士
第2弾も近々アップいたします。
有難いメッセージばかりです。どうぞお楽しみに!
著者:立花隆(プロデューサー&エンジニア)